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史記  「図窮而匕首見」 現代語訳

6月 12, 2014 by kanbunjuku // コメントは受け付けていません。



訳:蓬田(よもぎた)修一

<漢文>

史記
図窮而匕首見

秦王、朝服設九賓、見燕使者咸陽宮。
荊軻奉樊於期頭函。
而秦舞陽奉地図匣。
以次進至陛、秦舞陽色変、振恐。
群臣怪之。
荊軻顧笑舞陽、前謝曰、
「北蕃蛮夷之鄙人、未嘗見天子。
故振慴。
願大王少仮借之、使得畢使於前。」
秦王謂軻曰、
「取舞陽所持地図。」

軻既取図奏之。
秦王発図。
図窮而匕首見。
因左手把秦王之袖、而右手持匕首揕之。
未至身。
秦王驚、自引而起。
袖絶。
抜剣。
剣長。
操其室。
時惶急、剣堅。
故不可立抜。
荊軻逐秦王。
秦王環柱而走。

群臣皆愕。
卒起不意、尽失其度。
而秦法、群臣侍殿上者、不得持尺寸之兵。
諸郎中執兵皆陳殿下。
非有詔召不得上。
方急時、不及召下兵。
以故荊軻乃逐秦王。
而卒惶急。
無以撃軻而以手共搏之。
是時侍医夏無且以其所奉薬囊提荊軻也。
秦王方環柱走。
卒惶急。
不知所為。
左右乃曰、
「王負剣。」
負剣、遂抜以撃荊軻、断其左股。

荊軻廃。
乃引其匕首以擿秦王。
不中。
中銅柱。
秦王復撃軻。
軻被八創。
軻自知事不就、倚柱而笑、箕踞以罵曰、
「事所以不成者、以欲生劫之必得約契以報太子也。」
於是左右既前殺軻。
秦王不怡者良久。
(刺客列伝)

<書き下し>

図窮まりて匕首見(あらは)る

秦王、朝服して九賓を設け、燕使者を咸陽宮(かんやうきう)に見る。
荊軻樊於期の頭函(とうかん)を奉ず。
秦舞陽地図の匣(はこ)を奉ず。
次を以て進み陛に至るや、秦舞陽色変じ、振恐す。
群臣之を怪しむ。
荊軻顧みて舞陽を笑ひ、前(すす)みて謝して曰はく、
「北蕃(ほくばん)蛮夷(ばんい)の鄙人(ひじん)にて、未だ嘗(かつ)て天子に見(まみ)えず。
故に振慴(しんせふ)す。
願はくは大王少しく之を仮借し、使ひを前に畢(を)ふるを得しめよ。」と。
秦王軻に謂ひて曰はく、
「舞陽の持する所の地図を取れ。」と。

軻既に図を取りて之を奏す。
秦王図を発(ひら)く。
図窮まりて匕首見る。
因りて左手に秦王の袖を把(と)り、右手に匕首を持ち之を揕(さ)す。
未だ身に至らず。
秦王驚き、自ら引きて起(た)つ。
袖絶ゆ。
剣を抜かんとす。
剣長し。
其の室を操(と)る。
時に惶急(くわうきふ)にして、剣堅し。
故に立ちどころに抜くべからず。
荊軻秦王を逐(お)ふ。
秦王柱を環(めぐ)りて走る。

群臣皆愕(おどろ)く。
卒(には)かに起こること不意なれば、尽く其度を失ふ。
而して秦の法、群臣の殿上に侍する者は、尺寸(せきすん)の兵をも持するを得ず。
諸郎中兵を執りて皆殿下に陳す。
詔有りて召さるるに非ざれば上るを得ず。
急時に方(あ)たり、下兵を召すに及ばず。
故を以て荊軻乃ち秦王を逐ふ。
而して卒かに惶急なり。
以て軻を撃つもの無くして手を以て共に之を搏(う)つ。
是(こ)の時侍医夏無且(かむしよ)其の奉ずる所の薬囊を以て荊軻に提(なげう)つ。
秦王方(まさ)に柱を環りて走る。
卒かに惶急なり。
為す所を知らず。
左右乃ち曰はく、
「王剣を負へ。」と。
剣を負ひ、遂に抜きて以て荊軻を撃ち、其の左股(さこ)を断つ。

荊軻廃(たふ)る。
乃ち其の匕首を引きて以て秦王に擿(なげう)つ。
中(あ)たらず。
銅柱に中たる。
秦王復た軻を撃つ。
軻八創を被る。
軻自ら事の就(な)らざるを知り、柱に倚(よ)りて笑ひ、箕踞(ききよ)して以て罵りて曰はく、
「事の成らざる所以の者は、生きながら之を劫(おびや)かし必ず約契を得て以て太子に報ぜんと欲するを以てなり。」と。
是に於いて左右既に前みて軻を殺す。
秦王怡(よろこ)ばざる者(こと)良(やや)久し。

<現代語訳>

地図が開き終わると匕首が現れた

秦王は礼装し、九賓の礼(=九人の接待者による、賓客をもてなす最高の礼)をととのえ、燕の使者を咸陽宮で引見した。
荊軻は樊於期の首が入った箱を捧げ持っている。
秦舞陽は地図が入った箱を捧げ持っている。
順に進み出て(秦王が座る玉座の前の)階段にさしかかると、秦舞陽は顔色を変え、震えおののいた。
(秦王の)臣下たちはこれを怪しんだ。
荊軻は振り返って舞陽を笑い、進み出て陳謝した。
「(舞陽は)北方の野蛮の地に住む田舎者ですので、まだ天子にお会いしたことがございません。
そのため震えおののいているのです。
どうか大王(=秦王)におかれましては、この者(の無礼)を許し、(大王の)御前において使命を果たさせてくださいますように。」
秦王は荊軻に向かって言った。
「舞陽が持っている地図をこちらに持って来るように。」

荊軻は地図を取り差し出した。
秦王が地図を開いた。
地図を開ききると匕首が現れた。
そこで(荊軻は)左手で秦王の袖をつかみ、右手で匕首を持ち秦王を刺した。
(しかし匕首は秦王の)からだまで届かない。
秦王は驚いて、身を引いて起ち上がった。
袖が切れた。
(秦王は)剣を抜こうとする。
剣は長い(のですぐに抜けない)。
剣のさやをつかんだ。
あわてふためいているうえ、剣(のこいくち)は堅(く、すぐにはさやから抜けな)い。
荊軻は秦王を追いかけた。
秦王は柱を巡って走った。

群臣たちはみな驚いた。
突然に起こった不意の出来事なので、ことごとく常軌を失っている。
秦の法律では、殿上にはべる臣下は、ごく小さな武器をも持つことができない。
護衛の兵たちはみな武器を携え、殿下に居並んでいる。
お召しの詔がなければ、殿上に行けない。
急のことなので、殿下にいる護衛の兵を呼ぶ余裕がない。
それゆえ、荊軻は秦王を追った。
(事態は)突然にあわただしくなった。
荊軻を攻撃するもの(=武器)がないので、(臣下たちは)素手で荊軻に打ちかかった。
この時、侍医の夏無且が捧げ持っていた薬袋を荊軻に投げつけた。
秦王は柱を巡って逃げる。
(事態は)本当にあわただしい。
どうしたらいいか分からない。
左右の側近たちは言った。
「王よ、剣を背負いたまえ。」
(王は)剣を背負い(さやから)抜いて荊軻を切りつけ、彼の左股を断ち切った。

荊軻は(前のめりに)倒れた。
そこで匕首を引き寄せて秦王に投げつけた。
(秦王には)あたらない。
銅柱にあたった。
秦王は再び荊軻を切りつけた。
荊軻は八か所の傷を負った。
荊軻は(自分で)事が成功しないことが分かり、柱にもたれかかり笑って、足を投げたしてすわったまま罵って言った。
「成功しなかった理由は、(秦王を)生かしたまま脅かし、(燕から奪い取った土地を返す)約束を必ず取りつけて、太子(=丹)に報告したいと考えたからだ。」
すると、側近たちは進み出て荊軻を殺した。
秦王はしばらくの間、不機嫌であった。




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