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韓愈 「師説」 現代語訳

9月 25, 2014 by kanbunjuku // コメントは受け付けていません。



訳:蓬田(よもぎた)修一

<現代語訳>

師の説 韓愈(かんゆ)

遠い昔、学ぶ者には必ず師がいた。
師は道(=人としてのあり方)を伝え、知識や技術を授ける。(それは、人が持つ)惑いを解決させるためである。
人は生まれつき、物事の道理を分かっている者ではない。
誰が、惑いをなくすことができようか(=誰も惑いをなくすことはできないのである)。
惑いがあるのに師に従わなければ、その惑いは最後まで解決することはない。
自分より先に生まれた人が、人間としての道理を聞くことについて、確かに自分より先ならば(=先に聞いて分かっているならば)、私はその考えを聞き入れて、その人を師としよう。
自分より後に生まれてもいて、その人の人間としての道理を聞くことが、また自分よりも先ならば、私はその考えを聞き入れて、その人を師としよう。
私は道を師とするのである。
一体、どうしてその人の年が、自分より先に生まれたか、後に生まれたかを考えようか。
だから、身分が尊いことや卑しいことの区別なく、年長、年少との区別なく、道が存在する所は、師が存在する所なのである。

ああ、師に従って学ぶという習慣が伝わらなくなってからずいぶんたつ。
(だから)人は惑いをなくそうと思っても難しい。
古代の聖人について言えば、聖人の民衆より優れていて、その(程度の)隔たりは大きかった。
それでも師に従って学問をした。
今の民衆は聖人より劣っていて、またその隔たりは大きい。
それなのに、師について学ぶことを恥じている。
だからに聖人はますます聖人に、愚者はますます愚かになる。
聖人が聖である理由、愚者が愚である理由はみなこのことから出ているのであろうか。

自分の子を愛し、師を選んで学問をさせる。
(しかし)自分の身において、(誰かを)師として学ぶことを恥じるのは惑いである。
あの子どもの師は、子どもに書物を授けてその読み方を習わせる者である。
私がいう所の人の道を伝え、その惑いを解くものではない。
書物の読み方を知らないとき、惑いを解決できないとき、あるときは師に学び、あるときはそうしない。
小さなこと(字句の読み方)は学んで、大きなこと(人としての道)を忘れる(=忘れて学ばない)。
私は、その人に道理をわきまえる眼識を見ないのである(=道理をわきまえる眼識があるとは思えない)。
巫(みこ)、医者、音楽の演奏者、様々な職人たちはお互いに相手を師とすることを恥じない。
(ところが)士大夫という身分の者は、師というもの、弟子というものを、群がり集まって笑うのである。
その理由を問うとこう言う。
「彼と彼とは年齢が同じくらいであり、(学んだ)道も同じように似ているからだ。」
相手の位が低ければ、(それを師とするのは)恥じるのに十分であり、官職が立派であれば、(それを師とするのは)へつらいに近いというのである。
ああ、(本当の)師の道が復活しないことは(このことから)知ることができる。
巫(みこ)や医者、音楽の演奏者、様々な職人たちのことは、君子は同列とみなさない。
(ところが)今、その(士大夫の)智恵は、反対に彼らに及ぶことができない。
それこそ怪しむべきことである。

聖人には決まった師はいない(=優れたものを持っていれば、誰でも師とした)。
孔子は郯子(たんし)、萇弘(ちょうこう)、・師襄(しじょう)、老耼(ろうたん)を師とした。
(しかし)郯子の弟子たちは、徳行の優れている点において、孔子には及ばなかった。
孔子は次のように言っている。
「三人で事を行えば、(その中に)必ずわが師とすべき人がいる。」
だから、弟子は必ず師に及ばない、とは限らないのである。
師は必ずしも弟子より優れているわけではない。
道を聞くのに先と後との違いがあり、技術や学業にそれを専門に研究することがあるので、こうしただけである(=孔子は郯子らを師として学んだのにすぎない)。

李氏(りし)の子、蟠(はん)は十七歳である。
(彼は)古代の文章を好み、六芸(りくげい 詩・書・礼・楽・易・春秋のこと)の経(=六芸の本文)と伝(=経を解説した書)のすべてにわたってよく学習した。
今の風潮(=師に従って学ぶことを好まない風潮)にかかわらず、私に学んだ。
私は、古人が師に従って学んだやり方を彼が実践するのをほめ、(この)「師の説」を作って彼に贈るのである。
(唐宋八大家文読本)


<書き下し>

師の説 韓愈(かんゆ)

古(いにしへ)の学ぶ者には、必ず師有り。
師は道を伝へ業を受(さづ)け惑ひを解く所以なり。
人は生まれながらにして之を知る者に非ず。
孰(たれ)か能(よ)く惑ひ無からん。
惑ひて師に従はずんば、其の惑ひ為(た)るや、終(つひ)に解けず。
吾が前に生まれて、其の道を聞く、固(もと)より吾より先ならば、吾従ひて之を師とせん。
吾が後に生まれて、其の道を聞く、亦(また)吾より先ならば、吾従ひて之を師とせん。
吾は道を師とするなり。
夫(そ)れ庸(なん)ぞ其の年の吾より先後生(せんこうせい)なるを知らんや。
是(こ)の故に貴と無く賤(せん)と無く、長と無く少と無く、道の存する所は、師の存する所なり。

ああ、師道の伝はらざる、久し。
人の惑ひ無からんと欲する、難し。
古の聖人は、其の人に出づる、遠し。
猶(な)ほ且つ師に従ひて問へり。
今の衆人は、其の聖人に下る、亦遠し。
而(しか)るに師に学ぶを恥づ。
是の故に聖は益(ますます)聖に、愚は益愚なり。
聖人の聖為る所以、愚人の愚為る所以は、其れ皆此に出づるか。

其の子を愛し、師を択びて之を教へしむ。
其の身に於いて、則ち師とするを恥づ、惑へり。
彼(か)の童子の師は、之に書を授けて其の句読(くとう)を習はしむる者なり。
吾が所謂(いはゆる)其の道を伝へ、其の惑ひを解く者に非ざるなり。
句読を之(これ)知らざる、惑ひを之(これ)解かざる、或(ある)いは師とし、或いは不(しか)せず。
小をば学びて大をば遺(わす)る。
吾未だ其の明を見ざるなり。
巫医(ふい)・楽師・百工の人は、相師とするを恥ぢず。
士大夫の族は、曰はく師、曰はく弟子と云(い)ふ者をば、則ち群聚(ぐんしゆう)して之を笑ふ。
之を問へば則ち曰はく、
「彼と彼与(と)は年相若(し)けり、道相似たり。」と。
位卑(ひく)ければ則ち羞(は)づるに足り、官盛んなれば則ち諛(へつら)ふに近しとす。
嗚呼(ああ)、師道の復せざること、知るべし。
巫医・薬師・百工の人は、君子歯(よはひ)せず。
今其の智(ち)は、乃ち反(かへ)つて及ぶ能(あた)はず。
其れ怪しむべきかな。

聖人は常の師無し。
孔子は郯子(たんし)・萇弘(ちやうこう)・師襄(しじやう)・老耼(らうたん)を師とす。
郯子の徒は、其の賢孔子に及ばず。
孔子曰はく、
「三人行へば、則ち必ず我が師有り。」と。
是の故に弟子は必ずしも師に如(し)かずんばあらず。
師は必ずしも弟子より賢ならず。
道を聞くに先後有り、術業に専攻有り、是(か)くの如きのみ。

李氏(りし)の子蟠(はん)、年十七。
古文を好み、六芸(りくげい)の経伝、皆之に通習せり。
時に拘(かか)はらずして、余に学ぶ。
余其の能く古道を行ふを嘉(よみ)し、師の説を作りて以て之を貽(おく)る。
(唐宋八大家文読本)

<漢文>

師説 韓愈

古之学者、必有師。
師者所以伝道受業解惑也。
人非生而知之者。
孰能無惑。
惑而不従師、其為惑也、終不解矣。
生乎吾前、其聞道也、固先乎吾、吾従而師之。
生乎吾後、其聞道也、亦先乎吾、吾従而師之。
吾師道也。
夫庸知其年之先後生於吾乎。
是故無貴無賤、無長無少、道之所存、師之所存也。

嗟乎、師道之不伝也、久矣。
欲人之無惑也、難矣。
古之聖人、其出人也、遠矣。
猶且従師而問焉。
今之衆人、其下聖人也、亦遠矣。
而恥学於師。
是故聖益聖、愚益愚。
聖人之所以為聖、愚人之所以為愚、其皆出於此乎。

愛其子、択師而教之。
於其身也、則恥師焉、惑矣。
彼童子之師、授之書而習其句読者也。
非吾所謂伝其道、解其惑者也。
句読之不知、惑之不解、或師焉、或不焉。
小学而大遺。
吾未見其明也。
巫医・楽師・百工之人、不恥相師。
士大夫之族、曰師、曰弟子云者、則群聚而笑之。
問之則曰、
「彼与彼年相若也、道相似也。」
位卑則足羞、官盛則近諛。
嗚呼、師道之不復、可知矣。
巫医・薬師・百工之人、君子不歯。
今其智、乃反不能及。
其可怪也歟。

聖人無常師。
孔子師郯子・萇弘・師襄・老耼。
郯子之徒、其賢不及孔子。
孔子曰、
「三人行、則必有我師。」
是故弟子不必不如師。
師不必賢於弟子。
聞道有先後、術業有専攻、如是而已。

李氏子蟠、年十七。
好古文、六芸経伝、皆通習之。
不拘於時、学於余。
余嘉其能行古道、作師説以貽之。
(唐宋八大家文読本)


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