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孟子 「無恒産而有恒心者」 現代語訳

2月 5, 2014 by kanbunjuku // コメントは受け付けていません。



訳:蓬田(よもぎた)修一

<漢文>

孟子 無恒産而有恒心者

孟子曰、
「無恒産而有恒心者、惟士為能。
若民則無恒産、因無恒心。
苟無恒心、放辟邪侈、無不為已。
及陥於罪、然後従而刑之、是罔民也。
焉有仁人在位、罔民而可為也。
是故、明君制民之産、必使仰足以事父母、俯足以畜妻子、楽歳終身飽、凶年免於死亡、然後駆而之善。
故民之従之也軽。
今也制民之産、仰不足以事父母、俯不足以畜妻子、楽歳終身苦、凶年不免於死亡。
此惟救死而恐不贍。
奚暇治礼義哉。」
(梁恵王 上)

<書き下し>

孟子 恒産無くして恒心有る者

孟子曰はく、
「恒産無くして恒心有る者は、惟(た)だ士のみ能(よ)くするを為(な)す。
民の若(ごと)きは則ち恒産無ければ、因(よ)りて恒心無し。
苟(いや)しくも恒心無ければ、放辟(ほうへき)邪侈(じやし)、為(な)さざる無きのみ。
罪に陥るに及びて、然(しか)る後に従ひて之を刑するは、是(こ)れ民を罔(あみ)するなり。
焉(いづ)くんぞ仁人位に在りて、民を罔するを為すべきこと有らんや。
是の故に、明君は民の産を制するに、必ず仰ぎては以て父母に事(つか)ふるに足り、俯(ふ)しては以て妻子を畜(やしな)ふに足り、楽歳には終身飽き、凶年にも死亡を免れ、然る後駆りて善に之(ゆ)かしむ。
故に民の之(これ)に従ふや軽し。
今や民の産を制するに、仰ぎては以て父母に事ふるに足らず、俯しては以て妻子を畜ふに足らず、楽歳にも終身苦しみ、凶年には死亡を免れざらしむ。
此(こ)れ惟だ死を救ひて而(しか)も贍(た)らざるを恐る。
奚(なん)ぞ礼義を治むるに暇(いとま)あらんや。」と。

<現代語訳>

孟子が言った。
「一定の職業や収入がなくて、一定不変の道徳心を持っていられるのは、ただ学問教養がある人だけである。
一般の人々は一定の職業や収入がなければ、一定不変の道徳心は持てない。
もし、一定不変の道徳心がなければ、勝手気ままでしたい放題のことをしない人はいない。
(それを知っていながら)罪を犯したら、すぐさま処罰するのは、人々に網をしかけて捕らえるようなものだ。
どうして、仁徳ある君主が人々を治める地位にありながら、人々に網をしかけて捕らえることができるだろうか(できはしない)
だからこそ、名君は人々の生業を定めるのに、頭を上げては父母に十分に仕え、頭を下げては妻子を十分に養い、豊年の年には腹一杯食べ、不作の年にも餓死させず、そうしてから人々を励まして善に仕向けた。
だからこそ、人々が名君に従うのはたやすいことだった。
(ところが)今では人々の生業を定めるのに、頭を上げては父母に仕えることも満足にできず、頭を下げては、妻子を養うのも十分にできず、豊作の年でもずっと苦しみ、凶作の年には餓死せざるを得ない。
これは、ひたすら餓死を免れようとして、力が足りないことを恐れている。
どうして礼儀を修めるひまがあろうか、ありはしない。」



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