故事・小話 「蛇足」 現代語訳
訳:蓬田(よもぎた)修一
<漢文>
蛇足
楚有祠者。
賜其舎人 卮酒。
舎人相謂曰、
「数人飲之不足、一人飲之有余。
請画地為蛇、先成者飲酒。」
一人蛇先成。
引酒且飲之。
乃左手持卮、右手画蛇曰、
「吾能為之足。」
未成、一人之蛇成。
奪其卮曰、
「蛇固無足。
子安能為之足。」
遂飲其酒。
為蛇足者、終亡其酒。
(戦国策)
<書き下し>
蛇足
楚(そ)に祠(まつ)る者有り。
其(そ)の舎人に卮酒(ししゆ)を賜(たま)ふ。
舎人相(あひ)謂(い)ひて曰(い)わく、
「数人にて之(これ)を飲まば足らず、一人にて之を飲まば余り有り。
請ふ地に画(ゑが)きて蛇を為(つく)り、先(ま)ず成る者酒を飲まん」と。
一人の蛇先づ成る。
酒を引きて且(まさ)に之を飲まんとす。
乃(すなは)ち左手に卮を持ち、右手に蛇を画きて曰はく、
「吾(われ)能(よ)く之が足を為る」と。
未(いま)だ成らざるに、一人の蛇成る。
其の卮を奪ひて曰はく、
「蛇固(もと)より足無し。
子(し)安(いづ)くんぞ能く之が足を為らんや」と。
遂(つひ)に其の酒を飲む。
蛇の足を為る者、終(つひ)に其の酒を亡(うしな)へり。
<現代語訳>
楚の国に先祖の祭りをした人がいた。
近臣たちに大杯の酒をふるまった。
近臣たちは話し合いながら次のように言った。
「数人で飲めば足りないし、ひとりで飲めばあまってしまう。
地面に蛇の絵を描いて、先に描き上げた人が酒を飲むことにしようではないか。」
一人がまず蛇を描き上げた。
大杯の酒を引き寄せ、今にも飲もうとしている。
左手で大杯を持ち、右手で蛇を描きながら、
「私は足を描ける。」と言った。
(しかし)足を描き終わらないうちに、もうひとりが蛇を描き上げた。
大杯を奪って言うには、
「蛇にはもともと足はないのだ。
お前はどうして足を描けるのだ(描けるはずはない)。」
(そう言うと)酒を飲んでしまった。
足を描こうとした人は、とうとう酒を飲むことができなかった。
※卮酒とは、四升(約七リットル)が入る大杯。